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国歌としての君が代

大山らが登場させて後は専ら国歌として知られるようになった『君が代』だが、それまでの賀歌としての位置付けや、天皇が「國ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬」していた(大日本帝国憲法による)という時代背景から、戦前にはごく自然な国家平安の歌として親しまれていた。しかし、戦後「国民主権」を定めた日本国憲法が成立すると、君が代の歌詞について天皇を中心とした日本の国柄を讃えたものとも解釈できることから(例えば、ベン・アミー・シロニーは、『君が代』皇統の永続性(万世一系)がテーマであり[11]、世界で最も短い国歌が世界で最も長命な王朝を称えることになった[12]と解釈している)、一部の国民から、国歌にはふさわしくないとする主張がなされた。
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政府の公式見解は、国家国旗法案が提出された際の1999年6月11日段階では、「『君』とは、『大日本帝国憲法下では主権者である天皇を指していたと言われているが、日本国憲法下では、日本国及び日本国民統合の象徴である天皇と解釈するのが適当である。』(「君が代」の歌詞は、)『日本国憲法下では、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと理解することが適当である』」としたが、そのおよそ2週間後の6月29日に「(「君」とは)『日本国憲法下では、日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位が主権の存する国民の総意に基づく天皇のことを指す』『『代』は本来、時間的概念だが、転じて『国』を表す意味もある。『君が代』は、日本国民の総意に基づき天皇を日本国及び日本国民統合の象徴する我が国のこととなる』(君が代の歌詞を)『我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解するのが適当』」と変更した

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2009年06月10日 09:01に投稿されたエントリーのページです。

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